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対談

2年で「成果を出せ」と言われたら? ヤフー宮内俊樹さんの選択と新規事業に必要なマインド

東日本大震災後、Yahoo! JAPANを通じて情報を得たり、寄付をした方も多かったのではないでしょうか。そのときに責任者だったのが宮内俊樹さんです。大阪で手がけた「Yahoo!天気」のモバイルアプリは総合ランキング1位を獲得。非エンジニアである宮内さんが、成果を出すために取った方法とは?

※本インタビューは、2017年8月31日時点のものです

プロフィール

宮内 俊樹(みやうち・としき)

宮内 俊樹(みやうち・としき)

1967年生まれ。早稲田大学法学部卒。雑誌編集者を経て、2006年ヤフー株式会社に入社。Yahoo!きっず、Yahoo!ボランティアの企画担当ののち、2012年より社会貢献サービスの全体統括を担当。2014年より大阪開発室本部長、2015年ライフラインユニットユニットマネージャーを兼務し天気、路線、防災のサービスを統括。2017年、オープンイノベーションユニットの責任者、Techbase VietNamの会長を兼務。現在はメディアカンパニーに所属

角 勝(すみ・まさる)

角 勝(すみ・まさる)

大学で歴史を学んだ後、大阪市に入職。在職中にイノベーション創出を支援する施設「大阪イノベーションハブ」の設立・運営に携わったのちに2015年3月大阪市を退職。各地でオープンイノベーションの支援、ハッカソンの企画運営を行っている。

紙からインターネットへ

角:本日はありがとうございます。宮内さんは、もともとは編集者だったんですよね?

 

宮内:はい。大学生の時からずっと出版社で編集をしていた、いわゆる「紙媒体」の人間でした。しかし2006年頃、改めて自分がやりたかった事は何だと考えた時、出てきたものが「インターネットメディア」だったんです。紙媒体も大好きですが、ちょうどインターネットが上り調子になってきていて。クリエイティブな仕事がやりたくて、企画職として入社しました。

角:最初の部署はどちらへ?

宮内:子供たちが最初にインターネットの入り口として触るものを作りたいと思い「Yahoo!きっず」を選びました。

「Yahoo!きっず」は社会貢献事業の一部なのですが、関わって3年でマネージャーとして社会貢献事業全般を担当するようになり、その後8年くらい社会貢献事業をやっていました。そんな中で、3.11が起きて。

 

角:ああ……

 

宮内:社会貢献事業は人員が少なかったんですが、課題だけ突然100倍になりました。そして「この問題を解決できるNPOは?」「この問題は誰がどう対応しているの?」と対応しているうちに、「自分がやらなきゃいけない」という意識が急激に芽生えてきました。また、会社からボランティアが50人くらい集まってくれたり、川邊(健太郎氏。現ヤフー副社長)や孫さん(孫正義氏)から「こういうのはできないのか」と連絡をもらったり。そこからボランティア団体を検索できるようにしよう、寄付ももっとインターネットからできるようにしようと広げていきました。自分にとって大きな仕事だったと感じています。

 

 

角:どんどんくる課題を整理して下ろしていったわけですね。大変な仕事だったでしょう。

 

宮内:ええ。しかし誰に何をやってもらうかというのを、どんどん自分で決めていくというのは、大変だけれどやり甲斐を感じる部分でもありました。それは今も変わらないです。

 

角:伊藤羊一さんとの対談でも、東日本大震災の話で、非常事態の中で決めていかなければならない時、「意志決定には自分の中に一本の芯がないとできない」という話題になりました。また、その中で色々なものが見えるようになったとも語っていましたが、宮内さんもそのような感じでしょうか?

 

宮内:全く同じですね。突然大きな課題が現れたことをきっかけに、自分が元々持っている力が呼び起こされたり、マインドシフト(思考・発想の転換)が急激に起きるという経験をしました。

 

大阪開発室に「マインドシフト」を

角:続いて、大阪に来られてからのお話をお願いします。

 

 

宮内:2014年かな、当時の大阪開発室は、一気にエンジニアを中途採用したものの、どちらかというと受動的な仕事をしていることが多い状態でした。そうするとマインドがなかなか上がらないし、不満も不安もある。それで、「僕たちは一つの組織として大きくなりたいんだ」というような企画書を書いて、社長に提案したんです。

 

角:それは当時の大阪開発室のメンバーで?

 

宮内:そう。そしたら社長が「いいじゃん。それなら宮内がマネージャーになってよ」と。単身赴任になってしまいますので、家族を大切にしたいという理由で一度は断りました。しかし、実際に家族に相談したら、全然反対されませんでした。子どもたちももう大きいこともあり「挑戦できるなら良いじゃん!」と。

 

角:いいご家族ですね!

 

宮内:はい。そして大阪へ行こうと決めた理由は、大阪のチームが優秀なエンジニア主体の集団だったからです。思う存分ものづくりができますから。彼らを上司としてまとめるのは挑戦でもありましたが、「新しいことができるようになるのでは」という期待もすごくありました。

 

角:なるほど。大阪に来て、まずは何から始めたんですか?

 

宮内:新規事業でご飯を食べると宣言し、インプットを求めて外に出て、たくさんの人と会って刺激を受けるところから始めました。角さんにも会いましたよね。

 

角:会いましたね!

 

宮内:3.11の時もどんどんいろいろな人に会って、課題を聞いて、その課題解決をみんなで考えたりしていく中でマインドシフトが起きました。あれを大阪開発室に持ち込みたかったんです。

 

それと同時に、「今、大阪で手がけているサービスだけでは、事業体として伸びない」と感じていました。もっと市場が伸びているところで彼らを戦わせ、成長させたいと考え、そこで「他のサービスも大阪でやらせてくれ」って会社にかけあったんです。

新規事業もやっていましたが、それは軌道に乗せるまでに時間がかかるので、もう一本、大阪の柱となるもの欲しかったんです。なので、「大阪には優秀なエンジニアがいるから大抵のものは作れます!」と執行陣に断言しました。

 

角:おお! それ、肚くくってないと言えないですよね。

 

宮内:2年で絶対成果出すぞって思っていましたから。

 

角:新規事業を2年で軌道に乗せるのは、なかなか難しいですもんね。

 

宮内:はい。現実を見たときに「2年で成果を出さないと、大阪開発室の未来はない」という危機感をいだきました。

 

それで「Yahoo!天気」を大阪に移管し、スマホアプリのリニューアルをしようということになりました。不安そうなメンバーもいましたが、絶対できるからやろうって励まして。

結果的に、9ヶ月かけてリニューアルして、2年でユーザー数を7倍にしました。

 

角:すごい!

 

宮内:そこまでいくと、みんな大阪開発室を無視できなくなり、自由度が高まる。そして自走できるようになります。

 

角:結果を出せた要因はなんでしょうか?

 

宮内:最初に新規事業開発をやっていたことですね。ゼロイチをやった経験というのはすごく大きくて、試行錯誤を繰り返してきたから無駄がなく、速い。小さなチームで速いプロセスで回していかないとダメだということが経験から身についてた。それがなかったら、成功の確率がずいぶん違っていたと思います。

 

角:小チームで、意思決定を速く。

 

宮内:「Yahoo!天気」のアプリって、既にカテゴリーランキングでは1位だったんですよ。そのユーザーをさらに増やすとなった時、初めの6ヶ月くらいは自信のなさから色んな人の意見を聞きすぎていました。それで出てきたものを見て、リリース中止させたんです。これじゃダメだって。エンジニアが絶対的な自信を持って「出したい!」ってなるまでリリースしちゃいけないって確信があったので。ヤフーの執行陣がすごいと思ったのは、「納得してないから出さない」という判断を尊重してくれた、誰もけなさなかったことですね。

 

角:ヤフー、良い会社だな、やっぱり。

 

誰よりもユーザー目線で

 

角:宮内さんは、新規事業をやっていくうえで、大切なことは何だと思いますか?

 

宮内:そうですね、私はとにかく他のアプリとか他のUXとかインタラクションとかを徹底的に見て、徹底的に自分でユーザーになってみたんです。ずっとアプリ触っていました。

 

角:競合のアプリですか?

 

 

宮内:はい。他にも、競合でなくてもヒットしているアプリを片っ端から触っていきました。すると、徐々に自分のクオリティー意識が上がってくるんですよね。そして、それまでは指摘しようとしても、飲み込んで言わなかったこともあったんですが、誰よりもアプリ触っていることで、自分の考えに自信が持てるようになり「細かくて申し訳ないんだけど、ちょっとここ直した方がよくない?」って言うようになりました。

 

角:ユーザーの目線に立って言えるわけですね。

 

宮内:ええ。新規事業って「本当にユーザーに必要か」っていうのを徹底的に客観視して、評価していかないと、決して最後までの「やり抜く」ところまでは到達しないと思うんです。

 

角:自分は誰よりもアプリを触っている、自分は誰よりもユーザー目線で考えている、その経験の積み重ねが、新規事業をやり抜くための自信につながると。

 

宮内:まさにそうですね。

 

角:でも、やり抜くことって実は困難ですよね。それを乗り越えるために、時間とか自分のリソースを圧倒的に割いて取り組み、やり抜くための筋力をつけよう、というということですね。

 

 

宮内:「Yahoo!天気」のアプリは、最終的には2015年の7月にリリースしたんですが、その3ヶ月前にも「これ、もう出していいと思う?」って部下に聞いたんですよ。そうしたらみんな、「うーん」って唸ってました。そこで、自分たちはまだ「やり抜けていない」と判断し、リリースを見送りました。

その3ヶ月後、同じように聞いたら、「ユーザーに受け入れられるかどうかは分からないけど、出したいです」って。目がね、燃えていて、自信を感じたんですよ。やり抜けた、それなら出そう、と。

 

角:それで、どうだったんですか?

 

宮内:それがもう、大ヒットで。何よりユーザーが急激に増えていきました。カテゴリーランキングでは元々1位だったので、総合ランキングで30位以内に入らないとダメって言ってたんですが、最終的に総合ランキングでも1位になりました。

 

角:そうすると社内でも、周りの目が変わったりしました?

 

 

宮内:全然変わりますね。やっぱり成果は大事です。いかに正のスパイラルを回すかということです。その後、大阪が関わったサービスはカレンダーもパートナーもみんなヒットしていますし、新規事業としてmyThingsも出せました。そうなると社員も増やしていかないとなので、グランフロント大阪に新オフィスを作ったりできるわけです。

 

 

多くの新規事業担当者が失敗する理由

 

角:その、成果を出して周りの目を変えるということが、なかなか上手くできないのはどうしてだと思います?

 

宮内:まずは、説得力でしょうか。ゴールの設定とコミットが弱いんじゃないかと思います。自分はこの領域でこういうことをやるんだと、それで世の中はこう変わる、その時に見える景色はこうだと……これはヤフー執行役員の志立(正嗣氏)がよく言うんですけど、まずは大きなゴールから考えて、次にそのゴールは、今とどのくらい景色が違うかを考えます。ゴールから逆算して、ラップを刻んでいかないとダメで。新規事業だと、ゴールまでの道のりはすごく長いわけですよ。それを刻んで、ラップごとに納得される成果を出します。

 

 

 

角:ああ。

 

宮内:最初に執行陣などにコミットするのは、彼らに投資させるため。ゴールで景色がこう変わりますよと大きくビジョンを語って、いかに夢を見させるかですよね。その時点で、「当たるかどうかは分かりません」って言っていたらダメ。「絶対当たります、当ててみせます」って言って、そこからラップを刻んで、少しずつ成果を見せていく。そのラップがなくて潰れるケースは多いんじゃないかって思います。

 

角:ラップの刻み方というか、そこの設計で悩んでいる人も多いと思うんですが。

 

宮内:成長曲線の前のほうで事業を止められちゃうケースって多いと思うんですよ。

ですのでスピードと、あとは成長する前段階で、いかにゴールを信じてもらうかが大事です。ビジョンが大事ですよね。単に「今期の目標分はやりました」ってだけだと、今期の目標は良いけど、もうこの事業はやめようか、ってなりますよね。

 

角:なるほど。

 

宮内:設定したKPIを達成しても、それをより高く越えた方がゴールを信じてもらえる場合もあります。だからそこを自分で考え、判断し、ストレッチさせるべきなんです。

にもかかわらず、既存の目標評価制度に無理やりゴールを合わせようとすると、信用できなくなってしまうんです。ゴールとKPIの乖離が激しいから。いわゆるエビ反り型の成長曲線ですよね。執行陣にゴールやビジョンを説明しきれてない、ゴールに合わせた適切な目標と戦略を立てられていないというのが、大きいと思います。

 

角:なるほど。面白かったです。今日の話は永久保存版ですね!

 

 

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