「目の付けどころがシャープでしょ
。」30代以上なら誰もが知っているこのコピー。佐藤啓一郎は、50代でシャープという大企業から、スタートアップであるフィラメントへの転職という、今までには考えられなかった新しいキャリアを歩んでいます。 そんな佐藤の話は、現在50代の方のみならず、これから40代、50代を迎える、若い世代の方にもロールモデルとして参考になるのではないか……。そう考え、フィラメント3周年記念企画として、CEO角とメディア事業部の牧がインタビューを行いました。
1987年、シャープ株式会社にプロダクトデザイナーとして入社。 1990年代より製品のUIデザインに取り組み、専門チームの立ち上げメンバーとなる。2010年からは社長への直訴プロジェクトとしてデザイナーに加え企画、エンジニアも融合したUXチームを組織し、以降2018年3月まで推進運営責任者。 スマートフォンからホームアプライアンス、BtoBプロダクト、クラウドサービス事業までUX視点の開発に従事するとともに、領域を越えるデザイナー、エンジニアの育成に注力。 また社内ラボ活動の運営や社外コラボの企画推進などオープンイノベーション活動にも広く関わる。 フリーフォームディスプレイの提案で2015年グッドデザイン金賞受賞。 HCD-Net認定 人間中心設計専門家
大学で歴史を学んだ後、大阪市に入職。在職中にイノベーション創出を支援する施設「大阪イノベーションハブ」の設立・運営に携わったのちに2015年3月大阪市を退職。各地でオープンイノベーションの支援、ハッカソンの企画運営を行っている。
牧:今日はよろしくお願いします。まずは、シャープでの佐藤さんのご活躍についておうかがいしますね。
4/9(月)にプレスリリースを出すにあたり、佐藤さんのシャープでの経歴を掲載しました。
その中に、「2010年からは社長への直訴プロジェクトとしてデザイナーに加え企画、エンジニアも融合したUXチームを組織し、以降2018年3月まで推進運営責任者。」とありますが、この「社長への直訴プロジェクト」って、一体どういうものなのでしょうか? すごく気になったのですが。
佐藤:もともと87年にデザイナーとしてシャープに入社し、94年頃から社内で実験的にUI(ユーザー・インターフェース)のデザインに取り組みはじめました。最初は少人数でやっていたのですが、案件もどんどん増えてきたので組織化されました。
最初は僕らが操作フローなどのUI仕様まで作成していたんですが、だんだん業務手順ができてくると、デザインの仕事が「この仕様を綺麗にしてくれ」というものに変わっていってしまいました。自分たちでこういうものをやりたいと提案しても、予算もつかない状態が続きました。
デザイナーの中には、「絵が描けるだけで嬉しいから、それでいい」という人もいますが、顧客アプローチの検討など仕様から関わりたい人もいる。そういう人たちはフラストレーションが溜まり、だんだんと部員のモチベーションが下がり、雰囲気が悪くなってしまいました。
角:え、佐藤さんはどうだったんですか?
佐藤:僕? 僕はやりたいことを勝手にやってたから(笑)
角:そうなんだ(笑)
佐藤:自分から、技術企画のチームにどんどん入り込んでいたからね。仕様についても「ここはこうした方がいいよね」って意見を出すし。
でも通常の制作業務も忙しいし、みんながそんな動きをかけられるわけじゃない。そんな時2009年に倉持さんという女性と一緒にマネージャーになって部の運営を任せられることなって、なんとか仕組みを変えないとねという話をしてたんです。
でも、仕組みを変えるのってやはり難しくて。「どうしよう」ってなったときに、以前から一緒に製品づくりをしていた他部署の先輩たちに、すごく助けてもらえたんですよ。毎晩のように相談に乗ってもらったり。
その中に、「緊急プロジェクト」をいっぱい作ってきた、戦略事務局的な役割を果たしてきた人がいて。その人に、「緊急プロジェクト」に手を挙げたらどう? ってアドバイスをもらい、助けてもらいながら2010年に認められました。
牧:緊急プロジェクト!? そんなのがあるんですか。
佐藤:そう。認められれば社長直下のプロジェクトとして、自部門以外の優秀な人が集められるし予算もつきます。エポックなシャープの製品は、だいたい緊急プロジェクトから出ています。
編集注:シャープの緊急プロジェクトについては、以下の記事にて詳しく説明されています
ASEAN事業の強化はシャープ再生の切り札(日経XTECH)
牧:新規事業プログラムに近いですね。でも、フィラメント2周年記念で西橋雅子さんに登壇いただいたときは、シャープには新規事業プログラムは無いというようなお話でしたが……。
角:今はもう無いんでしたっけ?
佐藤:無くなったわけじゃないと思うんですが、経営状態が良くなくなってから休止してますね。
牧:早く再開してほしいですね。佐藤さんのはどんなプロジェクトだったんですか?
佐藤:ビジュアル面だけではなく、プロトタイピングやストーリー作りなどそれまでできてなかったユーザーエクスペリエンスをちゃんとやる。そしてデザイナーとエンジニアがチームとして融合して製品サービスを上流から提案し実装する、というプロセスを作るプロジェクトです。
牧:緊急プロジェクトを活用することで、どのような改善がみられましたか?
佐藤:予算がついたことで、外注さんにも手伝ってもらえるようになり、自分たちが本来やらなければならないことをできるようになりました。自主提案プロジェクトもできるようになったし、海外へ行って著名デザインファームから最新UXの学びを得ることもできるようになりました。
牧:すごい!
佐藤:緊急プロジェクト自体は1年半で終了しましたが、その時に作った仕組みはそのまま定着させることができました。予算もプロジェクト時代からは減ったけど戦略に応じて自主的に活動できるだけは認められるようになったんです。
また、緊急プロジェクト以前に人材採用を主体的にできる仕組みをつくったのも大きかったですね。
のちに一緒にプロジェクトをすることになる人事のひとがサポートしてくれて自分たちで採用基準をつくることができるようになったんです。
選考も、若いメンバーが指導し、若いメンバーに決めさせて、僕はもうそれに対してOKを出す、みたいな。
牧:採用する側、される側、双方にメリットがあり、素晴らしいですね。
牧:次に、社外活動についてもおうかがいしたいんですが、佐藤さんは入社当時から、社外との交流に積極的だったんですか? それともなにかきっかけがあったのでしょうか?
佐藤:入社した頃からやっていましたね。色々なワークショップに顔を出したりとか。僕は会社というひとつのコミュニティだけに所属するのが性に合わないんです。地域活動にも首を突っ込むし。
インターネット以前から、パソコン通信もやっていたんで、興味のあるオフ会に参加もしていました。
僕がマネージャーになってからも、メンバーにはずっと「外へ出ろ」と言っていて。
会社の中ばかりみていたら、バランスが取れなくなるぞ、と。
牧:思うようにデザインが出来ない環境で、社内環境が悪くなった話をお聞きしましたが、佐藤さんがその中で動けたのは、社内と社外のバランス感覚を意識できていたというのも大きいのでは。
佐藤:そうかもしれないね。ある意味会社「命」ではなかったのがよかったのかも。
牧:いろいろなコミュニティに触れる中で、転職を考えることはあったのでしょうか?
佐藤:ありましたね。デザイナーはみんなそうだと思う。でも仕事はずっと面白かったんですよ。シャープはずっと勢いがあったから、今でもそうだけど面白いプロジェクトがたくさんあって。常に新しいことばかりで。扱う幅も広かったから。
牧:なるほど。外の世界はみたけど、シャープでもやりたいことが出来たから、転職するまでもなかったと。
佐藤:うんうん。
牧:そこから今回転職に至ったのは、どのような心境の変化でしようか?
佐藤:時間に追い詰められた、というのが大きいですね。
牧:それは年齢的なものでしょうか。
佐藤:そうですね。
牧:そのあたりはFacebookの個人ページでも触れられていましたね。
佐藤:あとは、ちょうど部内も僕がいなくてもなんとかなるという状態になった、というのもあります。僕のマインドをみんなが引き継いでくれて。それまでは僕がいなくなったら、どうなるんだろうという空気もあったから。
牧:すごく前進していたけど、その人がいなくなったら元に戻ってしまったという残念な事例はたくさんありますからね。
佐藤:そう。でもみんな成長して、もう大丈夫だって。そして、もうすぐ辞めるって周囲に伝えたら、角さんと別の会社で僕のドラフト会議が始まりました(笑)
角:競り勝ちました!!(笑)
――おめでとうございます(笑)
角:50代で新しい挑戦を決めた佐藤さんの生き方に共感する人は、すごく多いのではないかと思うのですが、大企業の中でもやもやを抱えた人に対して、何か伝えたいことってありますか?
]
佐藤:そうですね、「会社の中で出来ないことは、意外と何もないな」ですね。僕がやめるときもみんなに言ったんです。みんな、出来ないと思い込んでいるだけで、こういうルールがあるという幻想に縛られている。
でも、コンプライアンスに反しない限りはなんでもできるし、実際にやれていた。
僕自身も、メンバーの「あれやりたい」「これやりたい」は、あまり否定することはなかったし。
上とのコミュニケーションを円滑にするテクニックはあるけどね(笑)
角:えっ、例えばどんな?
佐藤:海外出張から帰ったら、まずいちばん偉い人から挨拶に行け、みたいな。
あとは、これは3/29の「Osaka Mix Leap Joint 特別編 - 関西のオープンコラボを語ろう」でも言った話なんだけど……自主勉強会活動の社内発表会のときに、みんなにビールを持たせて、最初に乾杯からはじめようとしたんです。でも「そもそも会社の中でお酒を飲んでいいのか?」とみんな言うんですよ。気にするんだよね。
仕方がないから、「誰も買いに行かないなら俺が買いに行くわ」と言ったら、みんな一緒についてきて(笑)
そして、一番偉い人が部屋に入ってきたら、缶ビールをさっと渡しました(笑)
角:深く考える隙を与えないんですね。(笑)
牧:なるほど。大企業を退職する理由は様々でしょうが、「自分のやりたいことができないから」というのが大きいのではないかと思います。でも「本当に自分のやりたいことはこの会社ではできないのか?」ともう一度問いかけてみるのが大切ということですね。
佐藤:「いろいろトライしてから辞めてもいいんじゃない?」と思いますね。あとはこれですね。
牧:おおっ、これは……?
佐藤:新しいことにチャレンジしよう、まずやってみる、制限をつくらない、協力者をつくる、他流試合をする。僕のポリシーみたいなものです。節目節目で部のみんなにも呼び掛けていた言葉です。
牧:なるほど、このポリシーを胸に刻んで活動してこられたからこそ、社内の様々な部署を巻き込んで、ご活躍できたわけですね。素敵な言葉です。
角:佐藤さんありがとうございます。最後に、佐藤さんはフィラメントでどんなことをやりたいかを聞かせてもらってもいいですか?
佐藤:そうですね。これまで専門的にやってきたUXデザインの考え方をフィラメントの中に浸透させていくことはもちろん、シャープでは担当することのなかった分野でそれらを活用して様々な顧客の満足度を上げていきたいと思っています。
角:佐藤さんのお知恵を借りたい企業は、たくさんあると思います。期待しています!
牧:ありがとうございました! これから勉強させていただきます!
約30年にわたるシャープでの会社人生、大変な局面もあったでしょうが、「人」の力で乗り越えてきた佐藤。また、シャープへの愛情も伝わってきました。人生100年と言われる時代、人とのつながりを大切にすることが、仕事、そして人生を自分でデザインする秘訣なのかもしれません。
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