フィラメント公式YouTubeチャンネル『新規事業お悩み相談室』では、実際に新規事業に携わっている方々からお寄せいただいた質問やお悩みに、数々の新規事業の現場を見てきたスペシャリスト村上臣さん、グローバルなスタートアップ投資家として有名なリブライトパートナーズの蛯原健さん、そしてフィラメントCEOの角勝が相談員として回答しています。

本記事では、動画で配信している『新規事業お悩み相談室』を1分で読めるダイジェスト版としてお届けします。

今回いただいた相談は新規事業の「前例」がない場合に示す資料やデータは何が良いかです。

質問者:
地方金融業界 Bさん

相談の背景や理由:
新規事業お悩み相談室、いつも楽しく拝見しています。以前、相談員の村上臣さんが上層部の方から「その新規事業の前例はあるのか?」と尋ねられたというお話をされていましたが、まさに今似たような状況に陥っています。新しいアイデアなのでもちろん前例はないのですが、前例以外にどのような説明をすると納得される可能性が高いでしょうか?ヒントをいただけると嬉しいです。

角:本日のご相談は地方金融業界Bさんから「新規事業の「前例」がない場合に示す資料やデータは何が良いか」です。なるほどですね。前に村上さんが、「新規事業の前例はない」っていうお話をされていましたよね。

村上:そうですね。ということで、私からお話させてもらいます。まず、僕も実際に見聞きしたことがある事例が本当に起こっているということで、ご愁傷様でございます。

一歩引いて考えると、上層部がこのような質問をするのは、本質的にリスク許容度が低いからです。特に地方金融業界という立場では、石橋を叩いて渡るような慎重さが求められる環境であって、「前例」そのものを探しているのではなく、「成功する確率はどのくらいか」を確認しようとしているのです。そのため、「新しいことなので前例はない」とストレートに答えて突っぱねることはおすすめしません。それでは採択される確率が下がってしまいます。代わりに、「新しいアイデアなので完全に一致する前例はないが、類似の事例はたくさんある」と伝えてください。たとえばビジネスモデルが似ているケースや海外の事例など、全く前例のない事業アイデアというのは基本的には存在しません。「過去にはこういう事例があったが、現在はここに大きなチャンス(空白地帯)がある」といった説明をすることで、新規事業の成功確率の高さをアピールできます。この質問は、いかにして成功の蓋然性を説明できるかを問われているのだと捉えて準備すべきです。

角:なるほど。

村上:新規事業の提案では、市場性や自社の既存資産、提携先の活用案を具体的に示して、成功の蓋然性を論理的に説明することが大切です。海外事例を日本向けにどうアレンジするか、そのステップと予算を提示し、万が一の撤退条件もあらかじめ共有しておきます。

特に重要なのは、「自分たちをどう評価すべきか」という指標を自ら提案し、合意を得ることです。「1年目はPMF(プロダクトマーケットフィット)がとれるかどうか、2年目は売上が立つかどうか…」といった段階的な目標をエビデンスとして残せば、後からの不当な横槍を防ぐ武器になります。事業家として自ら評価軸を定義し、「この基準で合意しましたよね」と詰められる状態を作っておくことが、1年後の不要な失敗を避ける最大の防衛策となります。

角:言い方を工夫するということですかね。

村上:はい。重要なのは、議事録や資料に残して、ちゃんとエビデンスとしてとっておくということです。もちろん、それでも「あのときはそう言ったけど今は市場環境が変わったから」と言ってひっくり返されることはありますけどね。それはしょうがないですよね。

角:ロジックの整理がしっかりできれば、前例がなくてもちゃんと説明できるようになる。そしてその際に説明を通じてイメージをしっかり持ってもらって、なんなら進め方も握った上で新規事業とかスタートできるんじゃないかみたいな感じでしょうかね。

村上:そうですね。あと、やっぱりこの時点で事業責任者は説明できるべきなんですよね。色々ツッコミが入った時に、「ちょっと自信ないです」ってところが見えちゃうと難しいなと思われてしまうわけじゃないですか。なので、やはり責任者が120%自身があるのかというところも見てるわけです。

角:いや、ほんとそうだと思います。自信なさそうにしてたら投資しづらいですもんね。

村上:そうですね。そう見えたら、「もうちょっとここをやってみてよ」とか色々要求が来ますよね。

角:納得のいくお答えでした。蛯原さんはいかがでしょうか?

蛯原:前例主義というものは、特定の企業だけでなく、お役所などの失敗回避や責任回避のバイアスが強い組織において一般的に見られる現象です。こうした組織を説得するには、まさにその「失敗を避けたい」という心理を逆手に取り、リスクをどう担保するかを明確に示す必要があります。特に金融機関であれば「担保」という言葉には馴染みがあるはずです。つまり、ダウンサイドリスクがどの程度あり、万が一それが発生した際にどのような対応をとるのかという「失敗した際の手当」を事前に提示しておくことが重要です。

たとえばベンチャーキャピタルの視点では、もしディープテック等において事業が失敗したとしても、培った技術や特許、あるいは専門家やエンジニアといった優秀なチームそのものに価値が残ると考えます。たとえ事業が立ち行かなくなっても、そのチームを丸ごと欲しがる会社は他にも存在するため、投資額が完全にゼロになるわけではないという説明が可能です。在庫ビジネスであれば在庫そのものに価値がある場合もあります。このように、最悪のシナリオにおいて何が残るのかを論理的に説明できれば、相手の不安を和らげることができます。

次に、アイデアそのものに前例がないという点についてですが、シュンペーターが定義したように、イノベーションとは「存在する要素の新しい組み合わせ」です。この世に全く存在しなかったものが突如として生まれることはあり得ません。なので、アイデアを構成する要素を分解すれば、必ずどこかに類似のモデルや先行事例が見つかるはずで、それらを組み合わせることで「前例」としての説明は十分に可能です。

最後に「自社で前例がない」という懸念への対処です。どんなに保守的なレガシー企業であっても、過去に一度も新しい取り組みをしたことがないということはありません。社内の先輩や関係者に聞き込みを行い、かつての新規プロジェクトでどのような議論がなされ、どのようにハードルを乗り越えたのかを調査してみてください。過去の事例を丁寧に因数分解し、今回の提案に当てはめて説明することで、組織としての納得感を引き出せるはずです。

角:いや、もう、おっしゃる通りだと思いますね。村上さんのお話でも、蛯原さんのお話でも、「ちゃんと説明ができてないんじゃないか」という部分に引っかかってるといいますか、前例を欲しがるのは具体的な事業イメージができないからじゃないかというふうに見えますよね。だとすると、そこを丁寧に説明してみるというアプローチが根底にあるのかなという風に思います。もちろん、責任回避バイアスとか色々な副次的要素もあるとは思いますけど、まずは丁寧に説明する。僕の場合ですと、話す相手に対して意識するのは、相手がどういうキャリアを歩んでこられたのかということを俯瞰した上で、相手の理解しやすい土俵に立ち、「こういう例え話で言った方がわかりやすいんじゃないか」といったことを考えながら話してみます。営業の時など、なんでも使えるテクニックかなと思うので、そこももしよかったら意識してもらえたらと思いました。ということで、地方金融業界Bさん、ぜひ参考にしていただければと思います。

回答のまとめ
1,「前例がない」と言われる本当の理由への向き合い方:
・前例を求める背景には、アイデアの新規性そのものではなく、成功確率やリスクの大きさを把握したいという意図がある
・「完全に同じ前例はないが、類似事例は存在する」という整理によって、不確実性を可視化できる
・前例の有無ではなく、成功の蓋然性をどう説明するかが問われている

2,組織を動かすための合意形成と説明の工夫:
・事業の評価指標や段階的な目標を事前に提示し、合意事項として記録に残す
・最悪のケースでも何が残るのかを示し、投資がゼロにならない構造を説明する
・相手の立場や経験に合わせた比喩や説明を用い、事業イメージを具体化する

今回ご紹介した内容は、以下のリンクから動画で視聴できます。