1. 日本の大企業が新規事業創出に向かない理由
日本の企業組織というものはとてもとてもよくできていると思います。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日を過ごしながら、昨日と同じことをより労力を少なく、昨日と同じ製品をより品質を上げながらより安くたくさん作るという離れ業をこなしてきたのが日本の企業です。
今、大企業の中枢にいるおじさんたちは、そんな仕事の精度を日々向上させることによって売上を上げ、出世していったわけです。
だから、みんな思っています。
「仕事ってのは規模を大きくしていくことが大事だ。でっかい仕事じゃなければ仕事じゃない」と。
なので、大企業での仕事の評価は額で決まります。
「100億円以上の規模でなければ仕事じゃない」とおっしゃる企業も多いし、規模が大きい仕事をしてる人が評価されます。
このシステムの場合、放っておいても伸びるような既存事業にうまく乗っかれるかどうかが重要になります。なぜなら、うまく乗っかれれば適当にやっていてもそれなりに出世できるからです。出世する「できる」サラリーマンはそういう乗っかるのがうまい人たちが多い。
新規事業でいきなり100億円の市場をいきなり生み出すのはすごく難しいです。一方ですでに5000億円規模の売上を5100億円に伸ばすというのはありうる。だから純粋に額だけで評価されるとしたらふつうは新規事業をやりたいなんて言わないんです。
だから、いろんなリスクを負いながら頑張って新しいこと(新規事業でもイノベーション創出活動でも)やろうと普通の人が思える環境がそもそもない。もしいたとしても変人扱いです。
「うちはちがうよ」って会社ももちろんたくさんあるかもしれませんが、大企業の多数派はこんな感じなんじゃないかと思います。
以上の文脈からみた日本の企業内におけるイノベーション創出上の大きな問題、それは「新しいことをやるための組織構造がない。ゆえに新しいことをやるための組織風土がない。」ということ。
ここに気が付くといろいろと対策を打ち始めます。例えば新規事業の提案制度など。でも、そもそもの組織風土が硬直的なので仕組み自体が浮いてしまいます。具体的に言うと新規事業提案制度が人事担当のためのアリバイ施策になり、各部署にノルマが課されて参加者もイヤイヤエントリーする不毛な制度となります。だいたいこの手の新規事業提案制度の場合、入賞したら事業化できるというところが多いのですが、これも機能しにくい。なぜなら新規事業をやるよりも既存事業に乗っかったほうが楽で成功確率も高いからです。
2. 欲しいものがない時代にそれでよいのか?
2000年代以降、イノベーション創出の必要性が叫ばれていますがそれでも日本発のイノベーションが生まれていないのは以上の理由に尽きると思います。
日本の大企業というのは本当にオペレーションに特化しています。労働集約型でオペレーティブ。昔はそれでよかったんです。イノベーションなんて不確実なことにコストを突っ込むなんてしなくても済むならしないほうがいいですし。
それでよかったんです。2000年代くらいまでは。
でも、今はどうでしょうか?
なにかほしいものじゃありますか?
テレビがほしいですか?
HDレコーダーがほしいですか?
カメラは?スマホは?パソコンは?ほしいですか?
もうみんな持ってますよね?
そうなんです。欲しいものはもうみんな持っているし、これから欲しいものも特にない。
それにハードウェア製品の高機能化も行きつくところまで行きつくと価格しか差別化要因がなくなってきます。
そう、コモディティ化というやつです。
昔はコモディティ化した製品としてはミニコンポなどが有名でしたが、今ではテレビもスマホもみんなコモディティ化しています。
そうなると作っても作っても全然儲からない。だからせっかく作った工場を閉鎖して外資に売り払ったりすることになるわけです。
昨日と同じものばっかり作ってるからそうなってるのに。
新しいものを生み出す仕組みが組織にないからそうなってるのに。
そこまでなってもオペレーティブな組織システムというのは変わっていません。
システムが古くなって時代に合わなくなってるにもかかわらず。
この状況を打破するためには昨日と同じものを今日も明日も作るってことに特化した組織運営のスタイル自体を変えなくてはいけません。それなのに何の手も打っていない。
いや、手を打っているかもしれないですが、それはさっき言ったような新規事業提案制度を作るとか、頑張ってもスタートアップとの連携を模索するとか、CVCを作るとかそういった程度の小手先の話ではないでしょうか?
でもそんな小手先でうまくいくわけないんです。そもそもの組織風土とフィットしていないのですから。
スタートアップと連携すると言っても本当にうまくいってるキレキレのスタートアップなら大企業と組むより自分たちでどんどんスピーディに市場を取りに行くでしょうし、そもそも大企業内でスタートアップとのコラボ事業に自分のサラリーマン人生をかけようという人が少ない。なぜ少ないのかというとさっき述べたような新規事業軽視の評価システムがあるからです。合理的な選択ができる「優秀なサラリーマン」ほど旨みのない新規事業から距離を置く。そしてその結果、新規事業担当側の発言力が弱いせいで、コラボ先のスタートアップもそのうち白けてきて、うまくいかなくなってしまう。
…というような悲劇もあると聞きます。
3. 「変革なんぞしなくてもやるやつはやるんだよ!!」という言葉に潜む猛毒
そんな中でも、必死に頑張って風穴を開けようという人もいます。そういう人のうち、本当に才能に恵まれた人がごく稀に新規事業に芽吹きをもたらすこともあります。
そうなると、今までそういう人の足をさんざん引っ張ってきた上司とかが「俺が育てた」とかいきなり言い出してしまう。そして、その功績で出世してしまったりする。
さらに悪いのが、社内の変革を訴える若手に対してごくまれな成功事例を持ち出して「変革なんぞしなくてもやるやつはやるんだよ!!(やれないお前の能力が低いだけだ!!会社のせいにすんな!!)」という言い方をして若手の意思を折り、変革の芽を摘むわけです。
この「変革なんぞしなくてもやるやつはやるんだよ」という言葉、本当にたちが悪い。事実を含むので相手方の若手は黙らざるを得ない。結果、議論はここで終了。そこでほとんどの若手はチャレンジ精神を折られ植物のように生きていく。それでも、ごくわずかの空気読まない若手がその後もチャレンジを続け、そのまたごくごく一部の人が成功したりもするかもしれない。でもそうなるとそんな一部の成功者たちも「自分はそんな悪条件の中でもやれた」という成功体験があるので現状の変革を強く望まないようになる。
つまり「変革なんぞしなくてもやるやつはやるんだよ!!」というワードの中には組織の変革を根こそぎ蝕む悪しき猛毒が存分に含まれているわけです。
なので、イノベーション創出を本気で望む社長は絶対に社員にこの言葉を吐かせてはいけません。
こんなこと言っている社員はクビにする。いやクビにはできないかもしれないですが降格させる。それくらいのメッセージを社員全員に送るべきだと思います。
でも本当に大事なのは口だけのメッセージじゃなくて組織の運営スタイルを変えること。そしてその運営スタイル変革のカギは人事評価制度にあると思います。人事評価は社員に何をしてほしいかを示す最もわかりやすいメッセージだからです。そしてその制度の中に新しいことに取り組む準備ができている人間、オペレーティブの能力だけでなくクリエイティブさも評価する仕組みは作るべきです。
4. 「モノが売れない時代」には設備産業にこそバランスの良い人事評価制度が必要
今の大企業のオペレーション重視・アウトプット重視の評価基準はバランスが悪いので、アウトプットのための情報のインプット、人脈のインプットの部分をきっちり客観的に評価できるためのシステムを構築するべきだと思います。
「おい、具体的にはどうするんだ!!」と言われそうですが、インプットの基礎である人とのつながりを可視化して、そのつながりの量、つながっている人の質と深さなどをスパイシーチックにスコア化するってのができれば…と思います。
名刺アプリの「Eight」を運営するSansanをデータベースとして使いつつ、ほかのSNSの情報も拾ってきて連携させればあながち不可能でもないのではないかと思います。
Sansan の持っているデータなら、ハブ的な人材やインプットの多い人材などをスコア化して評価することができそうです。そうすれば、単に名刺交換した人の量だけでなく、その質が評価されます。であれば、少なくとも今よりもどんどん外に出て行って少なくともつながりを作ろうという文化が生まれるはずです。そして最も大事なのはつながりの深さの部分。ここは現時点では Sansanの機能だけでは難しいかもしれませんが、メッセージングアプリでのやりとりやSNSで相手方からもらっている「いいね」の数などから補足する…という方向のアプローチならある程度補足可能です。(実際には個人情報保護的なことを考慮すると難しいと思うので、もう少し違うやり方考える必要がありますが、そういう部分が本当は評価されるべきということを伝えるためにあえて書きました)
日本の多くの企業というのは設備産業です。だから今までは人材も設備の一つとしてとらえ、その評価システムもオペレーション偏重でした。でもそんな企業群も21世紀になってプレゼンスが弱まりどんどん息苦しくなってきています。
そんな状況だから、上記のような企業の社長たちは「イノベーションが必要だ」と口々に言っているわけです。
しかもこれからはAIだのチャットボットだのロボットだのの活動領域が広がってくる。
そうなると、人間がその力を存分に発揮できるところが2か所しかなくなります。
そのうちの一つはビジネスの一番上流にあたる企画部分。ここにはクリエイティブネスが必要だからです。
そしてもう一つはサービス提供にあたって実際に人と接する対人インターフェイスの付加価値の高いごく一部。
ここは人がやってこそ価値があるというものが必ず残るからです。
そしてそれ以外のいわゆる事務処理(プロセッシング)にかかわるような部分(ここが日本の労働者のいかに多くの割合を占めていることか!!)の多くが人間以外の何かに置き換わる可能性があります。
そんな時代をこれから迎えるのに、まだオペレーション偏重型の組織構造、そしてその組織構造を作るための人事評価システムを変えないなんてあり得ないって思いませんか?
ちなみに「変革なんぞしなくてもやれるやつはやるんだよ!!」みたいなことを言っているおじさんたちはそんな未来の到達前に定年を迎えて逃げ切れる人たちです。
そういう未来に責任がない人たちの口車に乗せられることなく、多くの日本の企業が未来を見据えた組織改革にエネルギーを注いでくださればいいなーと思います~。
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