初めまして、NTTコミュニケーションズという通信の会社で「droppin(ドロッピン)」という非通信のプロダクトを立ち上げ、現在は事業推進リーダーをしている山本です。

いまNTTコミュニケーションズ という会社は生まれ変わろうとしていて、1999年のNTT分社化から20年以上の時を経て、事業構造の軸を通信から非通信に変革しようとしています。非通信の事業とはつまり、社会・産業のDXや社会課題解決のソリューション事業といったものです。

私は2018年に自ら手を上げて、会社が大きく変わろうとしていく中で新設された新規事業専門の部署に異動し、社内起業家支援プログラムの立ち上げと運営をしながら、自身でも複数の事業化に挑戦してきました。

今回は、数多の新規事業チームの伴走と自らの事業化経験を経て学んだ新規事業で陥りがちな「アイデアの落とし穴」について、「Who」「What」「How」「Why」という4つの視点に分けて代表的なものをご紹介していきたいと思います。



【Who】大企業にありがちな「アイデアの落とし穴」


1:特定の顧客向けのただのSI

特定のお客様と「共創をしましょう」と言って検討が始まるケースはよくあります。

共創自体はいいのですが、注意する必要があるのはお客様が自社のビジネスに直結するアイデアを求める場合です。

そうなると、どうしてもそのお客様のビジネスに特化したアイデアになり、いつの間にか通常の受委託のような関係になってしまいます。

最初は共創を検討していたはずが、いつの間にかそのお客様への「提案」になっていたら黄信号だと思ってください。

事業は業界に水平展開できる(スケールできる)必要がありますが、個社別のソリューションでは、むしろ水平展開の足かせになることもあります。そのお客様から売り上げを上げたい営業は良いかもしれませんが、新規事業担当者としてはお客様との関係性を見つつ、引っ張られすぎないように気をつけましょう。

特に大企業の場合は、自社アセットとしてお客様との強いパイプを活用しようという思いから、お客様を一番よく知る営業担当者とともに出向いて事業を一緒に考えようとしますが、これも失敗の危険性があります。

そもそも営業担当者のミッションは自分の担当するお客様から今年度の受注をいただくことです。一方で、新規事業とは目の前のお客様だけでなく、業界や社会が抱える課題を解決すべく数年先を見据えて事業を考えていくものなので、営業担当と新規事業担当では、目的においても時間軸においてもギャップがあります。

営業担当者には、お客様との営業リレーションを活用するために新規事業担当者の紹介だけをしてもらい、アイデアが具体的になるまでは新規事業担当者を中心に検討を進めるなどして検討の主導権を持ち続ける必要があります。


2:課題は深いが誰がお金を出すのか分からない

ここで私の経験談をひとつご紹介します。事業アイデアがなかなか思い付かず日々アイデアを考えてはボツにする毎日が続いた頃のお話です。その当時、ニュースでは育児放棄による痛ましい事件が報道されていました。私も二人の子どもを持つ親として無関心ではいられず、新規事業によってなんとか解決する手段が考えられないかと思いました。

結果として当時の私では解決策を思い付かず具体的な検討にまでは至らなかったのですが、その時一番ネックになったのはマネタイズの部分でした。つまり、誰がお金を出すのかということ。例えば、「育児放棄で虐待を受ける子どもを救う」という課題を設定した場合、誰からお金をもらうビジネスにすればよいのでしょうか。育児放棄や虐待をする親は到底お金を支払う人にはなりません。一番の被害者である虐待を受けている当人も、もちろんお金を支払うことはできません。となるとそれ以外のステークホルダーである児童相談所や警察、行政などがマネタイズの候補になってくるのかもしれませんが、そうであれば財源は税金や補助金となり法律や規制なども絡んでくる。そこまで考えた結果、私は踏み込んで検討することをあきらめてしまいました。

もちろん、このようなマネタイズ面でのハードルがあるから新規事業にならないということではなく、その課題に取り組んでいる方々も多くいらっしゃいます。

私がこの事例でお伝えしたかったのは、困っている人がお金を出す人になるとは限らないということです。これだけ便利になった世の中で解決されずに残っている社会課題というのは、構造的に困っている人からお金をもらいにくく、マネタイズしにくい領域であることが多くなっています。個人的なボランティアや非営利のNPOなどではなく、ビジネスとしてサステナブルな事業を会社の中で検討する場合は、誰のどんな課題を解決するのかに加えて、誰がお金を払うのかというマネタイズの部分も常に意識する必要があるでしょう。


3:シニアという雑なひとくくり

新規事業のアイデアコンテストを開催するとかなりの割合で高齢者向けのビジネスアイデアが出てきます。日本は急速に高齢化が進んでいる課題先進国なわけですから、身近に感じられるテーマであり課題にも気づきやすいでしょう。

ただ、残念なのは、対象である「高齢者像」の解像度が低いアイデアが散見されるところです。

世界保健機構(WHO)の定義では65歳以上を高齢者と呼びます。先進国では65歳未満を生産年齢人口とされていることが多いので、65歳以上を高齢者と定義すること自体は問題なさそうです。

しかし、65歳以上でも現役で仕事をしていたり積極的に何らかの活動をしたりしているアクティブシニアの方もいれば、介護が必要な方もいます。介護についても、在宅介護なのか施設介護なのか?独居なのか同居なのか?社交的なのか内向的なのか?など色々な属性の方がいらっしゃいます。

「一人暮らしをしている高齢者の健康が心配」、「介護施設に入居している高齢者は自由に外出したい」など誰しも当てはまりそうなペルソナと課題設定はおそらく誰かがすでに考えているでしょう。肝心なのはデモグラフィックやプロフィール属性ではなく、その人の生きたエピソードなのではないでしょうか。なぜその人はその課題を抱えるようになったのか?なぜその課題を抱えたままなのか?といったことを身近にいる人に一歩踏み込んで詳しく聞き込みをしてみると、その人にしか語れない事実が積み上がってきます。

そこまで具体的にイメージしてから、その上でどういう傾向がある高齢者にはどういった課題が共通しているのかというタグやラベルをつけることで抽象化して語れるようになります。このようなことを私の事業でも意識していて、利用者や関係者の声を出来るだけヒアリングするようにしています。


【What】大企業にありがちな「アイデアの落とし穴」


4:自社製品を売りたいだけ

新規事業を検討していると取引先やパートナー会社が協業や共創を持ちかけてくることもあります。実は、ここにも落とし穴があります。

多くは、自社の技術やPoC事例を紹介してくるのですが、よくよく聞くと結局は自社の製品やソリューションを売りたいだけの商談で終わるということが多々あります。

もちろんこちらから仕掛ける時にも同様のことが言えますので注意しないといけません。

見極めるポイントは製品や技術ありきの検討になっていないかどうかです。新規事業は課題解決や価値提供を議論の起点とすべきなのに、お互いの製品や強みを活かせる組み合わせを先に検討し、それが売れそうな顧客や市場が議論の中心になっている場合にはうまくいかないことが多くあります。

私の経験で言うと、メーカーやSIerの方と協業検討をしたとき、最初に製品紹介を受けました。その後、課題に対しての解決策を考えたときにその製品ではカバーしきれず、結果的にその製品の仕様や既存のビジネスモデルが足かせとなって自由な発想ができなかったのです。解決策は課題を解決するための手段でしかありません。「最適な解決策となるよう既製品やソリューションに対しての追加開発などについて持ち帰って検討します」となるのですがそれ以降発展することはありませんでした。すでにリリースしているものは多くの関係者とルールと確立されたオペレーションがありますから製品の仕様やビジネスモデルを変えることは簡単なことではありません。製品の売り上げを上げるために来ているのに費用や手間の方が多くかかってしまう状態は好まれません。これでは前に進まないのは当然です。

こういった傾向がある場合は早めに見切りをつけた方がいいでしょう。ただし、その技術やパートナーとの関係がどこで生きてくるかわからないため、関係性は保っておき、必要な時にいつでも声がかけられる状態(関係性のストック)を持っておくとよいかもしれません。

あながち、馬鹿にできないのがそういった外からの情報のインプットがアイデアの誘発剤になり、全く別のアイデアが浮かぶこと。

ネットですぐに調べられるような情報ではなく、その相手だけが知っている業界の情報や事例などがある場合は新しいアイデアの源泉になる可能性もあるので出来るだけ社外の方が持っている現場の生の声を聞くことをおすすめします。


5:デジタル世界の残念な”ハコモノ”「プラットフォーム」

アイデア創出のワークショップやアイデアソンをしているとよく出てくるビジネスモデルのひとつに「プラットフォーム」モデル(マッチングモデル)があります。

需要と供給が一致するもの同士をマッチングさせて手数料を儲けとするビジネスモデルです。Amazon、Uber、メルカリ、楽天など、身近に便利なプラットフォームサービスが多いこともあり大人気のビジネスモデルです。私が事業に携わっている「droppin」も、テレワーク用にスペースを提供したい店舗事業者と、自宅以外でテレワークをしたいワーカーをマッチングさせるプラットフォーム型のビジネスモデルになっています。

その他のビジネスモデルには物販モデルや広告モデル、サブスクリプションモデル(定額課金モデル)などがあります。

プラットフォーム型のビジネスモデルで注意しないといけないのは、プラットフォームという箱を作れば、自動的に顧客とパートナーが集まってくると勘違いしないようにすることです。プラットフォームモデルでは需要側である利用者を集める前に、供給者側のビジネスパートナーを集めないといけませんが、中身のないプラットフォーム構想では、色々な機能と提供価値を詰め込んだコンセプトがあるけれど、コアとなる価値や強みがどこにあるかよく分からないという状態になっています。

Amazonでも、最初はインターネット上の本屋でした。その後、取り扱い商品の種類を増やし、ITシステムのクラウドサービス、ビデオ配信やID決済などへ事業を拡大していきますが、そのコアとなるのはオンライン上で顧客が求めるものをいつでもすぐに超簡単に購入できるというECショッピングだと思います。

Uberも最初は空港でタクシーがなかなか捕まらなかったという創業者のペインからユーザーとドライバーをマッチングさせる配車サービスをスタートし、現在のUber Eatsなどへ事業を拡大しています。

つまり、始めに解決すべき課題があり、そのニーズを満たしていくことで獲得したアセットの有効活用や構築したビジネスモデルの横展開によって事業を広げていっているのです。そしてその過程で出来た顧客とパートナーのネットワークがそのプラットフォームの強みとなるわけです。

最初はコアな価値を軸に垂直に立ち上げ、その価値に共感・賛同するパートナーと一緒に顧客を集め、勝ち筋が出来たらそれを水平展開する。そのステップを無視した実態のないコンセプトだけの構想では、共感してくれるパートナーがなかなか集まらず利用者も増えないハコモノプラットフォームが出来上がってしまうのではないでしょうか。


【How】大企業の“現役”新規事業推進リーダーが語る「アイデアの落とし穴」


6:綺麗にまとまったアウトプット

新規事業の立ち上げを経験したことがある人は非常に少ないのではないでしょうか。そこでは、外部の知見を取り入れるため、コンサルティング会社に市場調査を委託することや、アイデア創出ワークショップのファシリテーションを依頼することもあると思います。もちろん外部の有識者の知見やフレームワークを活用することは自分たちだけで考えるよりアイデアの幅も広がりますし、議論が発散してまとまらない場合などにもうまく収束させる助けになるなどのメリットがあります。

ただし、レポートの落とし穴にはまらないように注意が必要です。

というのも、コンサルティング会社が作る綺麗な調査レポートはそれだけで検討し尽くした感覚になってしまうからです。業界動向・市場調査・技術トレンドなどの網羅的な情報やユーザーアンケートの分析などが入っていると一見よく分かった気になりますが、そこに当事者の生の声や自分たちのWILLが反映されていなければ、ただの参考資料に過ぎません。調査レポートを作成してもらうにもコンサルティング会社との打ち合わせにはそれなりの時間が必要になりますから、そんな時間があるなら最初のうちは自分たちで課題を抱えている現場について直接調べたり当事者にヒアリングしたりした方がよっぽど価値があるかもしれません。

綺麗にアウトプットとしてまとめることを目的化せず、アイデアの壁打ち相手として、またはファシリテーションの助っ人として参加してもらう方が良いのではないかと思います。

弊社でも社内起業支援制度の運営支援のためフィラメントさんを含め外部のコンサルティング会社に伴走支援として入ってもらっていますが、事業計画書策定や調査レポートなどのアウトプットのお願いはしていません。あくまで検討の主体は自分たちでありWILL無き議論の丸投げにならないように気をつけています。


7:技術ドリブンの罠

技術系の会社の新規事業にも、陥りやすいアイデアの落とし穴があります。どうしても自社の強みを活かそうとする思いから、技術ありきでアイデアを考えてしまうのです。もちろん自社の強みを活かすべきなのは何も間違っていないですし、独自技術は他社との差別化になりますから大いに活用すべきなのですが、“技術しばり”になってはいけないというお話です。

私の事業開発の体験談から、その失敗例をお話したいと思います。

事業アイデアをいくつか考える中で、Web上でリアルタイムコミュニケーションを簡単に実現できるWebRTC(Web Real Time Communication)という標準技術をベースにした自社技術を活用しようと思い立ちました。

実は弊社は2013年に国内で初めてWebRTCプラットフォームの公開を開始していて、WebRTCを活用した通信技術とプラットフォームには知見と導入実績が豊富にあります。

そこで、デジタルサイネージにその通信技術を組み込み、離れた場所同士でもまるでその場で対面しているかのように会話ができるサービスのプロトタイプを開発しました。

(人がいない時はデジタルサイネージとして風景映像が流れ、サイネージに向かって話しかけると離れた場所と繋がることができるという仕組み)

壁掛けのサイネージを通してまるで窓の向こう側のオフィスや人に話しかけるようにすることで離れていてもちょっとした雑談や空間の共有ができる、というコンセプトから「NoMado」という仮称もつけて開発を進めましたが、これがなかなか苦戦しました。

アイデアを考える上で一番重要である「誰のどんな課題を解決するのか」という肝心な部分が抜けていたからです。

解決したい課題については後付けで、リモートワークではチーム内のコミュニケーションや一体感が希薄になるという仮説を立てて、Problem/Solution Fit(課題解決手段の検証)を試みたのですが、そもそも課題の対象となる「誰の」が抜けていますから、この課題があてはまりそうな顧客探しをすることになります。

そこでまず身近なところでオフィスワーカーとして自分たちをペルソナに検証することにしました。

今でこそコロナ禍によってリモートワークやオンラインとリアルの働き方を組み合わせたハイブリッドワークが当たり前になっていますが、当時(2018年)はまだオフィスに集まって対面で仕事をするリアルワークが主流だった時代です。

自分たちのチームも普段は同じ場所にいたので、リモートワークをするシーンとして外出時をユースケースに検討しました。ただ外出時のリモートワークでは移動をしていて接続できるタイミングや場所も限られます。いつでもビデオをオンにして会話ができるとも限りません。なかなか気軽に雑談ができるユースケースではないと気付き、そこからは色々なペルソナを設定してあてはまる利用シーンが無いかを検証しました。

ある時は普段から離れた拠点同士で仕事をしている企業のオフィス同士をつないでみたり、工場とオフィスをつないで工場のショーケース化を提案したり、オフィス用途から離れてホテルの宿泊客やワーケーションの観光地でも検証したりもしました。

でもこれがなかなかはまらない。

なぜならば、最初にCustomer/Problem Fit(顧客の課題発見)が出来ていないまま、先に解決手段を考えてしまい、それが当てはまりそうな顧客を見つけようとしていたからです。

先に器を作り、その形にはまるものだけを探していたのでなかなかピースが見つからない、といった状況です。

実は、お金を払ってでも解決したい深い課題はなかなか存在しないのです。これだけ便利になった世の中ですから大抵の課題にはすでに代替手段や競合商品が存在しています。「あったらいいな」だけではビジネスアイデアとしては成立しないのです。

デジタルサイネージに弊社の得意な通信技術を組み込んで離れた場所同士をつなぐ、というコンセプト自体は弊社の得意分野でもあり、ソリューションが誰の目にも分かりやすいので社内受けは非常に良かったです。ですが、リアルな顧客と深い課題を見つけられずに最終的にこのアイデアは断念しました。

ただ、オフィスのあり方がこれまでの都心集約型から、リンダ・グラッドンの『LIFE SHIFT』の世界観のように、日本各地にミニオフィス・HUBオフィスを配置する地方分散型になっていったとすればこのコンセプトは課題発見とともに形を変えて再出発するかもしれません。その時は当時の教訓を活かし、課題ドリブンで検討したいと思います。

この事例でのもうひとつの教訓は、アイデアの初期段階では「プロトタイプを作り込みすぎない」ということです。

もちろんアイデアは形があった方がイメージしやすく人にも伝わりやすいので、アイデア創出方法のひとつであるデザイン思考でもプロトタイピングは重要なプロセスとして定義されています。ただ時間とコストを大きくかけてプロトタイプを作ろうとすると検証をするまでに時間がかかってしまい、プロトタイプを大幅に変更したり場合によっては捨てるという判断がしづらくなるため、どうしても上述した事例のようにプロトタイプを欲しい人探しがメインになってしまいがちです。

プロトタイプは顧客課題を検証するための手段にすぎないので、出来るだけ時間とコストをかけずに作り、課題に合わせてアップデートしていく方が良いでしょう。

みなさんの周囲でもPoC止まりになってしまっているプロトタイプやプロジェクトはありませんか?

ひょっとしたらそれは自社技術縛りで顧客不在の状態からPOC先の検討をスタートしたことが原因のひとつにあるのかもしれません。


【Why】大企業の“現役”新規事業推進リーダーが語る「アイデアの落とし穴」


8:トップセールスによるお付き合い

今の時代は自社の技術やリソースだけにこだわって事業開発をせず、他社や社会との共創により新しい何かを生み出していくオープンイノベーションのスタイルが流行っているので、経営層は常に危機感を持ち、アンテナをはっています。そこで、良かれと思って自ら偉い人同士のリレーションをフル活用して、顧客企業やパートナー企業の幹部にアポを取り検討の場を設定してくることがあります。

まずは何が出来るか議論しましょう、となるのですが、いきなり話を振られる担当者や部下はさあ大変です。

偉い人が参加するキックオフのために、事務方が用意周到に事前準備し、自社の強みとアセットなどを書き出して、社会課題などのテーマと進め方を決めて検討はスタートするのですが、何度か実施するワークショップに毎回参加できるのは事務局の人間だけで、あとは寄せ集め的に参加する人が入れ替わってしてしまいます。この場合、アイデアの発散はするのですが、誰かの強い思いが入っていない表面的なアイデアになってしまうということが起こりがちです。最後の報告会で報告すると、幹部が自身の視点でアイデアに味付けをして「いいものだから今すぐやろう」と言って無事成功といった感じで終了します。事務方はつつがなく失敗せずに終えることがいつのまにか目的になってしまい、2つの点でそもそもこれ誰がやるんだっけとなりつまずくことが多いです。

1点目は最初に事業オーナーを決めずに始めたアイデアはビジネスモデルやマネタイズの検討のフェーズになって主導権がどちらにもないため、両社の思惑が合わなかったり受委託の関係性から相手側に忖度したりで具体的な検討までなかなか前に進まないということ。

本当に最初のフェーズのアイディエーションは柔軟に発想すればよいのですが、この責任者は誰か、どのように決めるのか、どこまで決めるのか、などの意思決定プロセスは最初のうちに決めておいた方が良いです。

2点目は、現場のマネージャーの理解や協力が得られずに実行力が伴わないということがあること。アイデアの具現化を検討するフェーズになると既存事業部の協力が必要なことも多いですが当事者不在で始めたアイデアは実現化のタイミングになって事業部の協力を得られず頓挫してしまうリスクもあります。

既存事業部のマネージャーは年度単位のPLに責任を持ち業務をしていくので何年か先の売り上げにつながるかどうかもわからないアイデアに、ただでさえ忙しい自分の部下のリソースを割くことを普通は嫌がります。

出来ればソリューションやビジネスモデルが見えてくる検討段階からステークホルダーとして事業部の関係者をヒアリングなどで巻き込んでおく方があとあと話がしやすく、もっと先の事業化のフェーズでもしその事業部でローンチすることになった場合にもアイデア検討時に参加していた人たちは自分ごととして捉えやすくなるので、スムーズに合意形成できる可能性が高まります。種をまいておく、ということです。


9:なぜ自社でやるかが語れない

企業内で新規事業をボトムアップ的に検討するにあたってのよくある壁として「自社でやる理由が上司に説明できない」という課題があります。

私は通信業がうどん屋をやったっていいと思っていますが(この手の話をするとなぜか私の周りでは事業の飛び地の例としてよくうどん屋の例えが出てきます)、既存事業のビジネスがある大企業においては中期の経営戦略や現在の事業ポートフォリオの中で、検討しようとしている新規事業アイデアがどういう位置付けになるか、既存事業にどんなシナジーをもたらすか、という戦略上のストーリーが重要になってきます。

その際のポイントは新規事業を起承転結で考えることです。

アイデアを0→1から単一プロダクトの商用化まで持っていくフェーズが「起承」の部分にあたります。その後グロースをさせて「転」のフェーズで単一プロダクトから複数の機能・価値提供やビジネスパートナーとの連携を含むエコノミーを創り、「結」のフェーズで本業である既存事業とも合流し、既存事業のひとつとなることを目指すというものです。

実は私も「droppin」の最初のアイデアは自分の原体験から生まれた課題解決が出発点だったので、なぜ自社でやる必要があるのかをうまく言語化出来ていませんでした。外出時にカフェ難民・テレワーク場所難民になってしまう場合はあると、PoCやユーザーインタビューを通じて社内外の多くの方に共感いただいていたのですが、なぜそれを通信業を本業とする自社でやる必要があるのかと言う部分です。

そこで、いよいよ本格的に事業化を検討するというフェーズに入ってから、外部の力も借りて改めて事業仮説を練り直しました。

事業背景としては、社会や技術の不可逆的な流れがあること、その変化に伴う市場機会があること、その中で自社で取り組む理由について言語化します。

「droppin」では、外出時にリモートワークができる作業場所を提供する、という限られた場面での課題だけでなく、新しい働き方によってオフィスや在宅勤務だけではなく自宅の近くや日本全国のあらゆる地域で安心して働けるようになるフレキシブルな働き方と仕事場の提供を目指そうとしています。

そのため、事業背景の設定としては、コロナ禍でのリモートワークの導入やオフィス統廃合を含むオフィスの見直し議論が始まっていることやZoomに代表されるリモートワークツールの浸透など不可逆的な流れが起こっていることを示し、オンラインと対面コミュニケーションの狭間にあるギャップが課題となりビジネスチャンスが生まれていることを市場機会と捉えました。

またWhyNTTについては、自社のリモートワークやワークスタイル関連のプロダクトとのアップセルやデータ連携にシナジーがあること、自社も率先して取り組むワークスタイル変革を通じて培ったノウハウとセットにして顧客企業に働き方のDXソリューションとして提供することができること、などをストーリーにして事業計画にまとめていきました。

その部分をしっかりと言語化していたおかげで、事業性判断における事業背景(特になぜ自社で取り組むのか)について経営幹部からの共感も得られ、事業化検討をスムーズに進めることができました。


10:アイデアが小粒

「自社で取り組む理由が見つからない」と同じくらいに新規事業アイデアのハードルあるあるとして、「アイデアが小粒すぎる」というものがあります。

既存事業で大きなビジネスを経験してきた、または推進をしている上司や経営層からすると、ビジネスの規模が小さすぎて「儲かる匂いがしない」のです。

私はアイデアを考える上で初期の頃は小粒でいいと思っています。むしろ中身の無いハコモノプラットフォームの絵を考えるくらいなら、リアルな顧客と深い課題が見えやすい小粒の方がいいとさえ思います。

ただ、これも「自社で取り組む理由」と同じで、個人として起業するのではなく自社のビジネスとして事業を検討するわけなので、お金を出す経営層が納得するビジネスプランにする必要があります。つまり、その市場が今後広がっていくということを説明し、市場のポテンシャルを積み上げて、TAM(「Total Addressable Market」=獲得できる可能性のある市場規模)を最大化させるということです。

例えばdroppinでは、目の前のコワーキング・シェアオフィス市場だけを見るのではなく、将来的には賃貸オフィス市場の一部も代替するポテンシャルがあると考えTAMを見積もりました。

このようにして事業背景やビジネス規模の大きな絵を描いたら、それらを含むビジョンをどうやって実現していくかという道筋をロードマップとしてまとめていけばいいのです。

起案者が最初に思いついたアイデアは事業としては小さな種かもしれませんが、最終的なビジョンを実現するための最初のステップとして位置付けていくことで、今やっていることがただのスモールビジネスではなく、将来的には自社に貢献する事業の種であるということが少しは理解されやすくなると思います。

なお、妄想でニュースリリースを書いてみるのもおすすめです。

ニュースリリースをテンプレートに事業計画書を作成するというのはAmazonなどの例が有名ですが、確かにニュースリリースというのは事業計画を考える上ですぐれたテンプレートであると言えます。

どの企業のニュースリリースにも「背景と事業機会」「概要(提供価値と訴求点)」「利用シーン/ユースケース」「提供開始日(スケジュール)」「今後の展開(成長戦略とロードマップ)」などの項目があると思います。

つまり事業仮説に必要な要素はだいたい詰まっているのです。

またニュースリリースは通常、新規性や話題性、独自性があり、社会や市場に対してニュースバリューがないと出せません。

自分の考えたアイデアはどうしても主観的になってしまうことが多いので、妄想ニュースリリースを書いてみることで視座と視野を広げ、アイデアを俯瞰して見直してみることができます。

あくまで妄想なので内容は出来ること・出来そうなことを書く必要はなく、このプロダクトを世にリリースすると世界はどう良くなるかというリリース後の状態をイメージしてバックキャストで書くと良いかもしません。

ちなみに私が「droppin」の前身のアイデアを考えた時に書いた妄想ニュースリリースは、今とは結構内容が異なりますが、そこから分岐・発展して今の事業につながっているので、土の下の根っこにあたる部分として残っている気がします。

(筆者が2018年当時に書いたA4裏表の妄想リリース文面)


大企業の新規事業にありがちな「アイデアの落とし穴」10選

1:特定の顧客向けのただのSI
2:課題は深いが誰がお金を出すのか分からない
3:シニアという雑なひとくくり
4:自社製品を売りたいだけ
5:デジタル世界の残念な”ハコモノ”「プラットフォーム」
6:綺麗にまとまったアウトプット
7:技術ドリブンの罠
8:トップセールスによるお付き合い
9:なぜ自社でやるかが語れない
10:アイデアが小粒



現在、私は上記のような紆余曲折を経て、droppinというフレキシブルなワークスタイルを支援する事業を推進しています。

事業立案から仮説検証や事業化での具体的なお話にご興味がある方はぜひお問い合わせください。

また事業化にあたってはフィラメントさんにも大変お世話になりました。上述したような検討ハードルや失敗を乗り越えるにあたって数多くのアドバイスをいただいています。

なので、私が自力で発見した知見というわけではなく、フィラメントさんをはじめ多くの方にご支援をいただきながら、またチームのメンバーや社内外の関係者の協力を得ながら、実践の中で得てきたものです。

今回は陥りがちなアイデアの落とし穴として10個の例を見てきましたが、とは言え新規事業においては何が正解かなんて結局のところ誰にも分かりません。

自分もわからないけど、偉い人にも分からないし社外のコンサルタントにも分からないんです。やってみないと分からないことの方が多いのです。

だったらさっさと挑戦して、何回もやり直して、確かめるしかないですよね。

最後に、どこかのネットで見かけた「アイデアをだめにする方法」という逆説的なアイデア発想法をご紹介します。

ここに書かれていることのどれかは必ず1度は言われることだと思います。私もいくつか言われました。

でもそんなの気にしなくても大丈夫。むしろそこにこそチャンスがあるかもしれません。

ThinkerよりDoerになれ、です。


山本 清人(やまもと・きよひと)
NTTコミュニケーションズ株式会社
スマートワークスタイル推進室 イノベーションセンター 兼務

ITベンチャーのインターネット事業、新興系の通信会社などベンチャー企業での経験を経て、2003年NTTコミュニケーションズ株式会社入社後、大手法人営業に従事し、グローバル企業のコミュニケーション・コラボレーション改革を推進。
2018年より社内新規事業支援プログラム「BIチャレンジ」の制度設計、チーム支援など事務局立ち上げをしながら、自らも原体験を基に事業開発に取り組み、リモートワークや在宅勤務の働く場所問題を解決するワークスペース提供アプリ「droppin」を2021年10月に商用リリース。現在は、Exit先のスマートワークスタイル推進室で「droppin」の事業を推進中。


【CNET Japanインタビュー】ビジネス書には載っていない新規事業のつくり方–NTT Com山本氏とフィラメント角氏が語る「大企業のイノベーション」

https://japan.cnet.com/article/35185226/


NTTコミュニケーションズ山本さんが事業推進リーダーを務める「droppin」について、詳しくはサービスページをご覧ください!