NTTコミュニケーションズの“現役”新規事業推進リーダーが、数多の新規事業チームの伴走と自らの事業化経験を経て学んだ「アイデアの落とし穴」について、「Who編」「What編」「How編」「Why編」という4回のシリーズに分けて代表的なものをご紹介します。
初めまして、NTTコミュニケーションズという通信の会社で「droppin(ドロッピン)」という非通信のプロダクトを立ち上げ、現在は事業推進リーダーをしている山本です。
いまNTTコミュニケーションズ という会社は生まれ変わろうとしていて、1999年のNTT分社化から20年以上の時を経て、事業構造の軸を通信から非通信に変革しようとしています。非通信の事業とはつまり、社会・産業のDXや社会課題解決のソリューション事業といったものです。
私は2018年に自ら手を上げて、会社が大きく変わろうとしていく中で新設された新規事業専門の部署に異動し、社内起業家支援プログラムの立ち上げと運営をしながら、自身でも複数の事業化に挑戦してきました。
今回はその中から、アイデアの落とし穴「Why編」と題してお話しします。
Why編①:トップセールスによるお付き合い
今の時代は自社の技術やリソースだけにこだわって事業開発をせず、他社や社会との共創により新しい何かを生み出していくオープンイノベーションのスタイルが流行っているので、経営層は常に危機感を持ち、アンテナをはっています。そこで、良かれと思って自ら偉い人同士のリレーションをフル活用して、顧客企業やパートナー企業の幹部にアポを取り検討の場を設定してくることがあります。
まずは何が出来るか議論しましょう、となるのですが、いきなり話を振られる担当者や部下はさあ大変です。
偉い人が参加するキックオフのために、事務方が用意周到に事前準備し、自社の強みとアセットなどを書き出して、社会課題などのテーマと進め方を決めて検討はスタートするのですが、何度か実施するワークショップに毎回参加できるのは事務局の人間だけで、あとは寄せ集め的に参加する人が入れ替わってしてしまいます。この場合、アイデアの発散はするのですが、誰かの強い思いが入っていない表面的なアイデアになってしまうということが起こりがちです。最後の報告会で報告すると、幹部が自身の視点でアイデアに味付けをして「いいものだから今すぐやろう」と言って無事成功といった感じで終了します。事務方はつつがなく失敗せずに終えることがいつのまにか目的になってしまい、2つの点でそもそもこれ誰がやるんだっけとなりつまずくことが多いです。
1点目は最初に事業オーナーを決めずに始めたアイデアはビジネスモデルやマネタイズの検討のフェーズになって主導権がどちらにもないため、両社の思惑が合わなかったり受委託の関係性から相手側に忖度したりで具体的な検討までなかなか前に進まないということ。
本当に最初のフェーズのアイディエーションは柔軟に発想すればよいのですが、この責任者は誰か、どのように決めるのか、どこまで決めるのか、などの意思決定プロセスは最初のうちに決めておいた方が良いです。
2点目は、現場のマネージャーの理解や協力が得られずに実行力が伴わないということがあること。アイデアの具現化を検討するフェーズになると既存事業部の協力が必要なことも多いですが当事者不在で始めたアイデアは実現化のタイミングになって事業部の協力を得られず頓挫してしまうリスクもあります。
既存事業部のマネージャーは年度単位のPLに責任を持ち業務をしていくので何年か先の売り上げにつながるかどうかもわからないアイデアに、ただでさえ忙しい自分の部下のリソースを割くことを普通は嫌がります。
出来ればソリューションやビジネスモデルが見えてくる検討段階からステークホルダーとして事業部の関係者をヒアリングなどで巻き込んでおく方があとあと話がしやすく、もっと先の事業化のフェーズでもしその事業部でローンチすることになった場合にもアイデア検討時に参加していた人たちは自分ごととして捉えやすくなるので、スムーズに合意形成できる可能性が高まります。種をまいておく、ということです。
Why編②:なぜ自社でやるかが語れない
企業内で新規事業をボトムアップ的に検討するにあたってのよくある壁として「自社でやる理由が上司に説明できない」という課題があります。
私は通信業がうどん屋をやったっていいと思っていますが(この手の話をするとなぜか私の周りでは事業の飛び地の例としてよくうどん屋の例えが出てきます)、既存事業のビジネスがある大企業においては中期の経営戦略や現在の事業ポートフォリオの中で、検討しようとしている新規事業アイデアがどういう位置付けになるか、既存事業にどんなシナジーをもたらすか、という戦略上のストーリーが重要になってきます。
その際のポイントは新規事業を起承転結で考えることです。
アイデアを0→1から単一プロダクトの商用化まで持っていくフェーズが「起承」の部分にあたります。その後グロースをさせて「転」のフェーズで単一プロダクトから複数の機能・価値提供やビジネスパートナーとの連携を含むエコノミーを創り、「結」のフェーズで本業である既存事業とも合流し、既存事業のひとつとなることを目指すというものです。
実は私も「droppin」の最初のアイデアは自分の原体験から生まれた課題解決が出発点だったので、なぜ自社でやる必要があるのかをうまく言語化出来ていませんでした。外出時にカフェ難民・テレワーク場所難民になってしまう場合はあると、PoCやユーザーインタビューを通じて社内外の多くの方に共感いただいていたのですが、なぜそれを通信業を本業とする自社でやる必要があるのかと言う部分です。
そこで、いよいよ本格的に事業化を検討するというフェーズに入ってから、外部の力も借りて改めて事業仮説を練り直しました。
事業背景としては、社会や技術の不可逆的な流れがあること、その変化に伴う市場機会があること、その中で自社で取り組む理由について言語化します。
「droppin」では、外出時にリモートワークができる作業場所を提供する、という限られた場面での課題だけでなく、新しい働き方によってオフィスや在宅勤務だけではなく自宅の近くや日本全国のあらゆる地域で安心して働けるようになるフレキシブルな働き方と仕事場の提供を目指そうとしています。
そのため、事業背景の設定としては、コロナ禍でのリモートワークの導入やオフィス統廃合を含むオフィスの見直し議論が始まっていることやZoomに代表されるリモートワークツールの浸透など不可逆的な流れが起こっていることを示し、オンラインと対面コミュニケーションの狭間にあるギャップが課題となりビジネスチャンスが生まれていることを市場機会と捉えました。
またWhyNTTについては、自社のリモートワークやワークスタイル関連のプロダクトとのアップセルやデータ連携にシナジーがあること、自社も率先して取り組むワークスタイル変革を通じて培ったノウハウとセットにして顧客企業に働き方のDXソリューションとして提供することができること、などをストーリーにして事業計画にまとめていきました。
その部分をしっかりと言語化していたおかげで、事業性判断における事業背景(特になぜ自社で取り組むのか)について経営幹部からの共感も得られ、事業化検討をスムーズに進めることができました。
Why編③:アイデアが小粒
「自社で取り組む理由が見つからない」と同じくらいに新規事業アイデアのハードルあるあるとして、「アイデアが小粒すぎる」というものがあります。
既存事業で大きなビジネスを経験してきた、または推進をしている上司や経営層からすると、ビジネスの規模が小さすぎて「儲かる匂いがしない」のです。
私はアイデアを考える上で初期の頃は小粒でいいと思っています。むしろ中身の無いハコモノプラットフォームの絵を考えるくらいなら、リアルな顧客と深い課題が見えやすい小粒の方がいいとさえ思います。
ただ、これも「自社で取り組む理由」と同じで、個人として起業するのではなく自社のビジネスとして事業を検討するわけなので、お金を出す経営層が納得するビジネスプランにする必要があります。つまり、その市場が今後広がっていくということを説明し、市場のポテンシャルを積み上げて、TAM(「Total Addressable Market」=獲得できる可能性のある市場規模)を最大化させるということです。
例えばdroppinでは、目の前のコワーキング・シェアオフィス市場だけを見るのではなく、将来的には賃貸オフィス市場の一部も代替するポテンシャルがあると考えTAMを見積もりました。
このようにして事業背景やビジネス規模の大きな絵を描いたら、それらを含むビジョンをどうやって実現していくかという道筋をロードマップとしてまとめていけばいいのです。
起案者が最初に思いついたアイデアは事業としては小さな種かもしれませんが、最終的なビジョンを実現するための最初のステップとして位置付けていくことで、今やっていることがただのスモールビジネスではなく、将来的には自社に貢献する事業の種であるということが少しは理解されやすくなると思います。
なお、妄想でニュースリリースを書いてみるのもおすすめです。
ニュースリリースをテンプレートに事業計画書を作成するというのはAmazonなどの例が有名ですが、確かにニュースリリースというのは事業計画を考える上ですぐれたテンプレートであると言えます。
どの企業のニュースリリースにも「背景と事業機会」「概要(提供価値と訴求点)」「利用シーン/ユースケース」「提供開始日(スケジュール)」「今後の展開(成長戦略とロードマップ)」などの項目があると思います。
つまり事業仮説に必要な要素はだいたい詰まっているのです。
またニュースリリースは通常、新規性や話題性、独自性があり、社会や市場に対してニュースバリューがないと出せません。
自分の考えたアイデアはどうしても主観的になってしまうことが多いので、妄想ニュースリリースを書いてみることで視座と視野を広げ、アイデアを俯瞰して見直してみることができます。
あくまで妄想なので内容は出来ること・出来そうなことを書く必要はなく、このプロダクトを世にリリースすると世界はどう良くなるかというリリース後の状態をイメージしてバックキャストで書くと良いかもしません。
ちなみに私が「droppin」の前身のアイデアを考えた時に書いた妄想ニュースリリースは、今とは結構内容が異なりますが、そこから分岐・発展して今の事業につながっているので、土の下の根っこにあたる部分として残っている気がします。
NTTコミュニケーションズ山本さんが事業推進リーダーを務める「droppin」について、詳しくはサービスページをご覧ください!